「奇跡の素材」から「静かな時限爆弾」へ――。
アスベストは、かつては建材など様々な用途に重用されながらも、後に健康への深刻な影響が明らかになった物質です。なぜアスベストは広く使われるようになったのか? いつ、どのようにしてその危険性が認識されるようになったのか?
今回は、アスベストの発見から利用、そして健康被害の発生と規制に至るまでの歴史を、日本の状況も交えながら解説します。アスベスト問題への理解を深め、健康被害の予防と対策に役立てていきましょう。
アスベストとは?
アスベストは、天然に産出する繊維状の鉱物のことです。その繊維は極めて細く、肉眼では見ることができません。耐久性、耐熱性、耐薬品性、電気絶縁性など、多くの優れた特性を持つため、「奇跡の素材」として、建材を中心に様々な工業製品に広く使用されてきました。
アスベストの種類
アスベストは、その鉱物学的特徴から「蛇紋石系」と「角閃石系」の2つに大別されます。
種類 | 特徴 | 用途例 |
---|---|---|
クリソタイル(白石綿) (蛇紋石系) | 繊維が柔らかく、曲げやすい 紡績性が高く、糸や布に加工しやすい | 建材(屋根材、壁材、断熱材、保温材など) ブレーキライニング、クラッチフェーシング パッキン、ガスケット |
クロシドライト(青石綿) (角閃石系) | 繊維が硬く、直線状 耐熱性、耐薬品性に優れる | 断熱材、保温材 フィルター ブレーキライニング |
アモサイト(茶石綿) (角閃石系) | 繊維が太く、弾力性がある 耐酸性に優れる | 断熱材、保温材 フィルター パッキン、ガスケット |
トレモライト (角閃石系) | 他の鉱物に混在していることが多い | 単独での用途は少ない |
アクチノライト (角閃石系) | 他の鉱物に混在していることが多い | 単独での用途は少ない |
アンソフィライト (角閃石系) | 他の鉱物に混在していることが多い | 単独での用途は少ない |
出典:厚生労働省 鉱物及び石綿含有材料等に関する基礎的な知識
アスベストの構造
アスベストの繊維は、さらに微細な繊維の束から構成されています。この微細な繊維は、「繊維状粒子」と呼ばれ、その直径は非常に小さく、数ナノメートルから数十ナノメートルしかありません。この繊維状粒子が、アスベストの健康被害を引き起こす原因物質となります。
アスベスト繊維状粒子の特徴
- 非常に細く、軽い:空気中に長時間浮遊しやすく、吸入されやすい
- 耐久性が高い:体内に入ると、分解されずに長期間留まり続ける
- 針状の形状:肺などの組織に刺さりやすく、炎症を引き起こす
これらの特徴から、アスベスト繊維状粒子は、肺がん、中皮腫、アスベスト肺などの深刻な健康被害を引き起こす可能性があります。そのため、アスベストは現在、その使用が厳しく規制されています。
「奇跡の素材」と呼ばれたアスベスト
アスベストは、その特性から「奇跡の素材」と称され、様々な産業分野で重宝されました。しかし、その裏では、アスベストがもたらす健康被害の深刻さが徐々に明らかになっていくことになります。
アスベストの発見と初期の利用
アスベストの利用は古代にまで遡り、紀元前2500年頃のフィンランドの土器にアスベストが含まれていたという記録が残っています。また、古代ギリシャでは、アスベストの耐火性を利用してランプの芯や火葬用の布などに使用されていたという記録もあります。 引用元:大田区「アスベスト」
産業革命によるアスベスト需要の拡大
18世紀後半に始まった産業革命は、アスベストの需要を飛躍的に増大させました。蒸気機関の発明に伴い、工場では高温の蒸気や熱を扱うようになり、アスベストの断熱材としての需要が高まりました。また、建築資材としても、耐火性、断熱性、耐久性に優れたアスベストは、工場や倉庫、住宅など、様々な建物に利用されるようになりました。
アスベストの特性と用途
アスベストは、以下の様な優れた特性を持つため、様々な用途で使用されてきました。
特性 | 説明 |
---|---|
耐火性 | 火に強く、燃えにくい性質。 |
断熱性 | 熱を伝えにくい性質。 |
耐久性 | 腐食しにくく、長持ちする性質。 |
絶縁性 | 電気を通しにくい性質。 |
紡織性 | 繊維状に加工しやすい性質。 |
これらの特性から、アスベストは、建材、電気製品、自動車部品、断熱材、防火材など、多岐にわたる製品に利用されてきました。特に、建材への利用は、アスベストによる健康被害を拡大させる要因の一つとなりました。
「静かな時限爆弾」:アスベストの危険性
アスベストは、その優れた特性から「奇跡の素材」と称賛されましたが、その一方で、人体に深刻な健康被害をもたらす「静かな時限爆弾」としての側面も持ち合わせています。
アスベスト関連疾患の発見
アスベストによる健康被害が最初に認識されたのは19世紀後半のことです。イギリスの繊維工場労働者の間で、呼吸器疾患が多発していることが問題視され始めました。そして、1924年には、検死と病理検査の結果、アスベスト繊維の吸入と肺がんとの関連性が初めて医学論文で報告されました。これは、アスベストの危険性を世界に知らしめるきっかけとなりました。環境省「EC:早期警告からの遅い教訓」
アスベストによる健康被害の深刻化
アスベストによる健康被害は、肺がんだけではありません。アスベストが原因で引き起こされる病気は、アスベスト関連疾患と総称され、以下のようなものがあります。
疾患名 | 概要 |
---|---|
中皮腫 | 肺や心臓などを包む膜(中皮)に発生する悪性腫瘍。アスベスト暴露との強い関連性が指摘されています。 |
肺がん | 肺に発生する悪性腫瘍。アスベスト暴露によってリスクが増加することが知られています。特に喫煙者においてそのリスクは高まります。 |
アスベスト肺 | アスベスト繊維の吸入によって肺に炎症や線維化が起こる病気。呼吸困難や咳などの症状が現れます。 |
良性石綿胸水 | 肺を取り巻く胸膜に水が溜まる病気。アスベスト 暴露が原因で発症することがあります。 |
胸膜プラーク | 胸膜にできる白い斑点。アスベスト暴露の指標となりえますが、それ自体が健康に影響を与えることはないとされています。 |
これらの疾患は、アスベスト暴露から発症まで長い潜伏期間があることが特徴です。 数十年経ってから症状が現れることも珍しくありません。そのため、「静かな時限爆弾」とも呼ばれています。
アスベスト規制の動き
アスベストの危険性が明らかになるにつれ、世界各国でアスベストの製造、使用、輸出入を規制する動きが広まりました。日本では、1971年に「特定工場における粉じん障害の防止に関する法律」が施行され、アスベストが規制対象となりました。その後も、規制は強化され、2006年には、原則としてすべてのアスベスト含有建材の使用が禁止されました。しかし、アスベストは過去に多くの建物に使用されており、現在でもアスベストによる健康被害が発生しています。そのため、アスベストの適切な管理と除去が重要な課題となっています。
参考資料:
日本におけるアスベストの歴史と問題
日本におけるアスベストの使用は、明治時代末期に始まり、戦後、高度経済成長期に需要が急増しました。安価で優れた性能を持つアスベストは、建設資材、自動車部品、電気製品など、幅広い用途に使用され、日本の経済発展を支える一翼を担いました。しかし、その裏で、アスベストによる健康被害が深刻化していくことになります。環境省「国内外におけるアスベストに係る規制状況」
日本の高度経済成長とアスベスト
1950年代後半から始まる日本の高度経済成長期、建設需要の増大に伴い、アスベストの使用量は急激に増加しました。特に、耐火性、断熱性に優れたアスベストは、ビルや住宅の建材として大量に使用されました。当時の日本は、経済成長を優先し、アスベストの危険性に関する認識が低かったため、安全対策は不十分なままでした。
アスベストによる健康被害の発生
1960年代に入ると、アスベスト工場の労働者を中心に、肺がん、中皮腫、アスベスト肺などの深刻な健康被害が報告され始めました。アスベストは、吸引すると、肺の組織に長期間留まり、炎症やがんを引き起こすことが明らかになりました。しかし、アスベストによる健康被害は、発症までに長い潜伏期間があるため、初期の段階ではその深刻さが認識されませんでした。
建材への使用とアスベスト規制
1970年代以降、アスベストの危険性が広く認識されるようになり、欧米諸国を中心に使用規制が始まりました。日本でも、1975年に労働安全衛生法でアスベストの規制が強化され、その後も段階的に規制が強化されていきました。しかし、既に多くの建物にアスベストが使用されていたため、健康被害の発生は後を絶ちませんでした。
主なアスベスト規制
年代 | 内容 |
---|---|
1975年 | 労働安全衛生法によるアスベストの規制強化 |
1995年 | クロシドライト(青石綿)およびアモサイト(茶石綿)の新規使用禁止 |
2006年 | すべての種類のアスベストの新規使用禁止 |
2005年には、建材メーカーの元従業員とその家族によるアスベスト被害の集団訴訟が起こり、国と建材メーカーの責任が問われました。この訴訟をきっかけに、アスベスト問題への社会的な関心が一層高まり、2006年には、すべての種類のアスベストの使用が全面的に禁止されました。しかし、現在もなお、多くの建物にアスベストが残されており、解体工事などに伴い、アスベストに曝露するリスクは依然として存在します。
アスベスト問題の現状と課題
アスベストによる健康被害は、現在も発生し続けており、今後も増加することが懸念されています。アスベストは、「静かな時限爆弾」とも呼ばれ、潜伏期間が20年から40年と長いため、過去の曝露による健康被害が、今後、表面化してくる可能性があります。アスベスト問題の解決には、既存建築物におけるアスベストの適切な管理、除去、そして、アスベストによる健康被害者への補償など、多くの課題が残されています。
特に、解体工事の増加に伴い、アスベストへの曝露リスクが高まっています。解体工事の際には、アスベストの有無を事前に調査し、適切な対策を講じることが重要です。また、アスベストによる健康被害は、労働者だけでなく、周辺住民にも及ぶ可能性があるため、周辺住民への情報提供や健康相談体制の整備なども必要不可欠です。
アスベスト問題の解決には、国、企業、そして国民一人ひとりの意識改革と行動が求められています。過去の教訓を風化させることなく、アスベストの危険性と健康被害の深刻さを認識し、安全な社会の実現に向けて、共に取り組んでいくことが重要です。
参考資料:
まとめ
「奇跡の素材」として広く利用されてきたアスベストは、その健康被害の深刻さから「静かな時限爆弾」と呼ばれるようになりました。安価で優れた特性を持つ一方、アスベスト繊維は肺に吸い込まれると、長い年月を経て中皮腫や肺がんなどの深刻な病気を引き起こす可能性があります。日本でも高度経済成長期に多くの建物で使用されたため、現在でもアスベストによる健康被害が後を絶ちません。アスベストは私たちの身近に潜む危険性があることを認識し、適切な対策を講じることが重要です。
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